大光寺にあった平城 〔青森県・歴史・日本〕

大光寺城(だいこうじじょう)は、青森県平川市大光寺にあった平城。建保5年(1217)、平賀郡岩館に相州曾我氏一族平広忠が地頭代として入部、曾我氏を名乗る。

その後曾我氏は大光寺の本家と岩館の分家に分かれた。しかし、大光寺の本家は北朝方、岩館の分家は南朝方につき、同族での争いが始まった。


その後、戦国時代には、滝本重行が入った。


しかし、弘前城築城の際破却された。又、平川市市内には、高畑城、沖館城をはじめとする出城(砦)の跡が多数ある。


なお大光寺城は築城期によって大光寺古館・大光寺新城・大光寺五日市館に分かれる。


なお、大光寺城は前文にて上げた3つをまとめて記述した文献が多いため、信憑性にかける部分もある。    
update:2009年09月01日