メルキトによる襲撃の後
ジャムカの助けを得て勢力を盛り返したテムジンは、次第にモンゴル部の中で一目置かれる有力者となっていった。 テムジンは振る舞いが寛大で、遊牧民にとって優れた指導者と目されるようになり、かつて父に仕えていた戦士や、ジャムカやタイチウト氏のもとに身を寄せていた遊牧民が、次々にテムジンのもとに投ずるよう..
update:2010年02月25日
【ことわざ広場】氏無くして玉の輿
大光寺にあった平城 〔青森県・歴史・日本〕
大光寺城(だいこうじじょう)は、青森県平川市大光寺にあった平城。建保5年(1217)、平賀郡岩館に相州曾我氏一族平広忠が地頭代として入部、曾我氏を名乗る。 その後曾我氏は大光寺の本家と岩館の分家に分かれた。しかし、大光寺の本家は北朝方、岩館の分家は南朝方につき、同族での争いが始まった。 その後、戦国..
update:2009年12月19日
